「日本資本主義の父」「近代日本経済の父」と称される、渋沢栄一。
第一国立銀行(みずほ銀行)、東京瓦斯(東京ガス)など、500以上の企業の設立に関わったこの偉人について、
経営学者ピーター・ドラッカーは、名著『マネジメント』の日本語版の序文で、
経営の『社会的責任』について論じた歴史的人物の中で、かの偉大な明治を築いた偉大な人物の一人である渋沢栄一の右に出るものを知らない。
彼は世界のだれよりも早く、経営の本質は『責任』にほかならないということを見抜いていたのである
と絶賛しています。
そんな渋沢栄一が書いた本『論語と算盤』は、バンカー(銀行員)をはじめ、経営者のバイブルとして、アマゾンでもベストセラーとして君臨しています。
かくいうわたしも、こういった評判から本書を読んでいましたが、
まさか2024年の紙幣(日本銀行券)刷新で、新一万円札の顔になるとは思っていなかったので、びっくりしました。
ということで、今回は渋沢栄一の名著『論語と算盤』を皆さんに知っていただきたい、という思いから、
- 渋沢栄一の簡単な歴史と、
- 名著『論語と算盤』のまとめ(図解付!)
を書いていきます。
時間がないビジネスマンや経済を学ぶ大学生の皆さんが、この記事を読んで、渋沢栄一がどんなことを考えていたのか、のエッセンスを知っていただけたら幸いです。
渋沢栄一って、どんな人?
生きた時代 | 江戸(幕末)・明治・大正・昭和 |
---|---|
出身地 | 武蔵国血洗島村(現在の埼玉県深谷市血洗島) |
家 柄 | 農業、養蚕、藍玉の製造を手がける豪農(金持ちな農商業)にて生誕 |
功 績 | 近代日本の設計者の一人(日本の実業界、資本主義の制度を設計) |
時代とともに、憧れが変わる人生
渋沢はどういう人生をたどったのか?その見てみましょう!
武士になりたい
豪農のせがれとして生まれた渋沢は、「(当時の)実業家の身分が低いから」という理由で、17歳のときに「武士になりたい!」、と考えます。
そのうち尊王攘夷の思想に感化されて、
高崎城乗っ取り計画
高崎城を乗っ取って武器を奪い、横浜を焼き払って、外国人を手あたり次第に切り殺す計画
を立てますが、シミュレーションの結果、無理と考えて断念します。
一橋家の家来に
この乗っ取り計画の一件で幕府に目をつけられそうになりますが、知り合いを通じて、うまいこと一橋慶喜(のちの徳川十五代将軍)の家臣となります。
実業家・渋沢の誕生
幕府からパリ万国博覧会を視察するよう指示を受け、フランスに渡航した渋沢は、「欧米諸国の強さは商工業の発達にある」、と気づきます。
そして、「日本に商工業を発達させたい!」と思った渋沢は、江戸幕府の崩壊後、実業家になります。
明治政府の官僚(大蔵省)となる
日本で最初の会社組織を作った渋沢の腕を見込んだ政府は、説得名人の大隈重信(早稲田大学創設者)を使って、渋沢を大蔵省に招待します。
大蔵省に入った渋沢は持ち前の事務能力の高さと体力を活かして、租税制度の改正、貨幣制度改革、立会略則(会社の起業規則)の制定など、多くの仕事を行っていきました。
が、政治を従事する大久保利通との対立や、薩長出身者重視の体制への反発から、大蔵省を辞め、実業界で生きる決心をしたのでした。
鬼のように日本の会社を作る
渋沢は、第一国立銀行(現在のみずほ銀行)を足がかりに、日本の未来に必要な企業を順次設立していきます。
- 抄紙会社(現在の王子製紙)
- 東京海上保険会社(現在の東京海上火災)
- 東京電灯会社(現在の東京電力)
- 帝国ホテル
- 札幌麦酒会社(現在のサッポロビール)、ほか約500社
そして、会社以外でも
- 東京商法会議者(現在の日本商工会議所)
- 東京株式取引所(現在の東京証券取引所)
- 商法講習所(現在の一橋大学)
- 早稲田大学、同志社大学、日本女子大学などの私立大学
- 東京慈恵会、日本赤十字社、聖路加国際病院などの病院、ほか
と、日本の資本主義や社会的な基盤を作り上げていったのでした。
ということで、「渋沢栄一はハンパない」ということだけ覚えておいてください。
そして次の章から名著『論語と算盤』のまとめに入ります。
渋沢栄一『論語と算盤』を一言でいうと
『論語と算盤』を書いたのは明治時代の後期です。
文明開化によって、道徳心より利益追求を優先する日本をみて、
と危機感を感じた渋沢が、
- 日本は、①孔子が説いた道徳(※『論語』)と②資本主義による利益追求(『算盤』)の両方が大切!
- そして、①(道徳)と②(利益追求)をいい感じにバランスを保ちながら、国を強くしようぜ!
と説明した本です。
※『論語』は「人はどう生きるべきか」、「どう振舞うのがよいか」など、普遍的な人間の本質が書いてある。中国・日本でも古くから道徳の教科書として使われていた。
おさらいですが、『論語と算盤』のメッセージを図解すると、こんな感じです。
渋沢栄一『論語と算盤』は、何がすごいのか?
現代に生きるわたしたちにとって、「道徳と利益追求が大事!」と聞いてもそれほど驚きは感じません。
それは、その価値観があたり前になっているからです。
では、あたり前でない時代はどうなのか?
まずは『論語と算盤』が生まれるまでの時代背景を見てみましょう!
『論語と算盤』が生まれるまでの時代背景
まず、渋沢が生まれた江戸時代は「士農工商」という身分制度がありました。
そうです。
この時代は身分の高い貴族や武士だけが高度な教養を身につける時代。
それ以外の身分の子は最低限の学問だけ身につけ、高度な学びを仕事に生かすなんてことはありませんでした。
貴族と武士以外の身分は、あまり教養は必要ない
そして、明治維新です。
薩摩・長州の志士が明治政府を作り、かれらの志をベースに武士による政治、武士によるエリート教育を重んじた国家を整えました。
武士が作った国家であるため、金を扱う商業は軽視されています。
金を扱う仕事は社会的ポジションが低かった
明治時代の支配層の考え方を整理すると、次のようになります。
渋沢栄一『論語と算盤』がすごいといわれる2つの理由
江戸時代から明治時代の価値観を抑えていただきましたが、『論語と算盤』がなぜ画期的だったのかを見てみましょう!
すごい理由1:商人は自己啓発のため『論語』を読むべきと説いたこと
身分制度のきつい江戸時代を引きずりつつ、武士が作った明治政府では、
- 「商人」に教養は不要(エリートでないので)
- 「商売」に教養は不要(ポジションが低い仕事なので)
という考え方があたりまえでした。
そんななか、
- 商人も高度な教養を身につけよう!
- 商売をするなら人間の本質がわかる『論語』を勉強しよう!
と説いたことは、びっくりするような発言であったのです。
すごい理由2:資本主義の問題点「過剰な利益追求」を解決するために『論語』を活用したこと
文明開化が進むことで、明治後半には資本主義に基づく商売が発達していきます。
しかし、資本主義は金もうけという側面があり、突っ走ると暴走を起こします(ex.1980年代後半のバブル景気、その後の金融危機)。
渋沢は、この資本主義の危険性を抑えるために、会社や国に『論語』の思想を活用した利益追求の大切さを説きます。
- 似た商品を作って価格競争でつぶし合うのはやめようぜ!
- むしろ会社は社会で必要とされるサービスを作るべきだし、その方が儲かるよ
これまで、『論語』は知識人・貴族・武士などの高尚な教養書として使われてましたが、
渋沢は『論語』を「人の心を読み解くマネジメント本」として、商売や産業振興の施策にも活用しようとしたのです。
それでは、『論語と算盤』がすごい理由をまとめましょう。
渋沢栄一『論語と算盤』の名言と内容のまとめ
それでは、『論語と算盤』の中身に入ります。
「渋沢が伝えたかったビジョンは、どういうのものか?」
そのエッセンスを見てみましょう!
「文明」と「本当の文明」
本当の「文明」とは、力強さと経済的豊かさを兼ね備えていなければならない
欧米諸国を見てきた渋沢は、どういう国家が文明国であるかを分析しました。
そして、日本を「文明」のある国、資本主義の機能するヨーロッパ諸国を「本当の文明」のある国として、めざすべき国家の機能を次のように定義しました。
「文明」とは
- 国の体制が明確になっている(法律・制度・設備・教育等が行き届いてる)
- 一国を維持し、発展させるような実力(軍事力・警察・地方自治組織等)がある。
- ①と②がバランスよく調和し、一体化している
では、「本当の文明」とはどういうものか、定義をみてみましょう。
「本当の文明」とは
- 枠組み(上記の「文明」のこと)
- 経済的豊かさ(枠組みを運用する能力を持った国民がいる・資本主義で回っている)
- ①と②がバランスよく調和し、一体化している
これを図解すると、つぎのようになります。
競争の道徳
他人のやったことが評判が良いから、これを真似してかすめ取ってやろうと考え、横合いから成果を奪い取ろうとする「悪意の競争」をしてはならない
これは、特に輸出入貿易をおこなっている業者に向けて語った内容です。
渋沢は、競争の道徳には「善意の競争」と「悪意の競争」の2つがあることを挙げ、
「悪意の競争」は自分の評判だけでなく、日本の評判を落としてしまうからやめるように説きました。
一個人の利益になる仕事よりも、多くの人や社会全体の利益になる仕事をすべきだ
この競争の道徳にもとづいて、渋沢は会社の目的を問いかけたのでした。
志と振舞いの現実
「志」がいかに真面目で、良心的かつ思いやりにあふれていても、その「振舞い」が鈍くさかったり、わがまま勝手であれば、手の施しようがない。
「志」が多少曲がっていたとしても、その振舞いが機敏で忠実、人から信用されるものであれば、その人は成功する。
渋沢は、『論語』の道徳観を大切にしています。
でも、優等生の理想論ばかりを語っているわけではありません。
実社会においても、人の心の善悪よりは、その「振舞い」の善悪に重点がおかれる。しかも、心の善悪よりも「振舞い」の善悪の法が、傍から判別しやすいため、どうしても「振舞い」にすぐれ、よく見えるほうが信頼されやすくなるのだ。
これも人間の間でなされる1つの真実。
道徳の心を忘れず、それでいて、要領よく。
こういった要素もふまえながら、実社会でうまく生きていきたいものです。
調子に乗るのはよくない
名声とは、常に困難でいきづまった日々の苦闘のなかから生まれてくる。失敗とは、得意になっている時期にその原因が生まれる」という言葉は真理である。
だから人は、得意なときにも調子に乗ることなく、「大きなこと」「些細なこと」に対してと同じ考えや判断をもってこれに臨むのがよい。
イソップ寓話の『ウサギとカメ』をはじめ、昔からずっと語り継がれている教訓「調子にのるな」について、渋沢も同じことを説いています。
しかも、渋沢はこのテーマが好きなのか、いろんな表現で同様のことを語ります。
およそどんなに些細な仕事でも、それは大きな仕事の小さな一部なのだ。これが満足にできないと、ついに全体のケジメがつかなくなってしまう。
そして、
些細なことを粗末にするような大雑把な人では、しょせん大きなことを成功させることはできない。
…秀吉が、信長から重用されたのもまさにこれであった。
草履取りの仕事を大切に務め、兵の一部を任されたときは、武将としての務めを完全に果たした。
だから信長が感心して、ついに破格の抜擢をうけて、柴田勝家や丹羽長秀といった重臣たちと肩を並べる身分になったのである
何歳になっても、わたしたちはつい、油断してしまうものです。
渋沢も、いつも自分に言い聞かせていたのかもしませんね。
習慣の感染力
習慣はただ一人の身体だけに染みついているものではない。他人にも感染する。ややもすれば人は、他人の習慣を真似したがったりもする。
この感染する力というのは、単によい習慣ばかりでなく、悪い習慣についても当てはまる。だから、大いに気をつけなければならない。
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」。
生産管理や粉飾決算などの不祥事は、いつも些細な悪習の感染から起きています。
周りに合わせることは大切だけど、流されないことも大切。
「大きな志」と「小さな志」
「大きな志」とは、人生の建築の骨組みである。自分の頭を冷やし、そのあとに、自分の長所とするところ、短所とするところを細かく比較考察し、そのもっとも得意とするところに向かって志を定めるのがよい。
そして、
「小さな志」は、大きな志の飾りである。一生涯を通じて、「大きな志」からはみ出さない範囲の中で工夫する。小さな志は常にうつりかわっていくものだが、「大きな志」との間で矛盾がないよう、両社は常に調和し、一致しなければならない。
時代を作ってきた偉人に欠かせないのが「志論(こころざしろん)」ですね。
渋沢は、志を「大きな志」と「小さな志」の2つに分けて語りました。
「自分がいま選んでいる道は、渋沢のいう大きな志に合っているのか?」
まだ、志が見つかっていないあなたも、一度、自分の「長所」や「価値観」、「自分が持つ誇り」を確認して人生を設計みてはいかがでしょうか。
成功と失敗
現代の人の多くは、ただ成功とか失敗とかいうことだけを眼中に置いて、それよりももっと大切な「天地の道理」を見ていない。
彼らは物事の本質をイノチとせず、カスのような金銭や財宝を魂としてしまっている。
人は、人としてなすべきことの達成を心がけ、自分の責任を果たして、それに満足していかなければならない。
人間は、つい成功と失敗という基準で評価してしまうもの。
正しい努力で成功した人に「あいつはいいなぁ」と憧れたり、「あいつは運がいいだけだ」と悔しがり、
不正や悪運で成功した人には「そこまでしたくない」と思ったり、ときには自分も「楽をしてかせぎたい」と考えがちです。
人間が迷い悩む成功・失敗とは一体、何なのでしょうか?
渋沢は、つぎのように言っています。
いっときの成功や失敗は、長い人生や、価値の多い生涯における、泡のようなものだ
深い一言ですね。
この成功失敗論は、大切なことを言っているので、まとめておきます。
- 成功だけを目的にして生きない
- だから、たった1回の成功でうぬぼれないし、
- たった1回の失敗で人生を失敗とみなさない
- 何より、成功・失敗でなく、自分のしたいことに向かっているかで評価する
渋沢栄一『論語と算盤』レビューのまとめ
渋沢栄一の『論語と算盤』は、日本に対する憂国の情がベースにありました。
① 政界や軍部が偏った思想、利己的な方法で国をデザインするのはダメだ!
② 日本を成長させるためには、実業の強化が必要!
③ 会社は道徳を基盤としたルールで運営し、オリジナルのサービスを提供するべき!
こういった渋沢の尽力の結果、これまでに数々の景気と景気後退を繰り返しながら、日本は先進国となりました。
しかし、現在、日本は先進国のトップバッターとして、超高齢化・人口減少社会に突入していきます。
世界中の誰もが経験したことのない、先の見えない事態。
変革が起きるかもしれない、こんな時だからこそ、
渋沢が『論語と算盤』で説いた、道徳を基盤とする社会設計や調和という基準があらためて注目されると、わたしは思っています。
以上、モノオス(@monoosu2019)でした。
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